―――邪神の心臓
刀の柄に手を当て、私はある1点を見詰めていた。
ムンの特大息吹(ブレス)と雅の黒魔法が炸裂して、変質し――― おじさんのいた場所に巨大な爆炎と爆風が舞い上がる。奈々の氷天神殿(フローズンテンプル)で動きを抑制できていたし、避けたなんて事はまずないと思う。古竜であるムンの炎は火竜の中でも随一、一身に浴びれば跡形もなく燃え焦げてしまうだろう。たぶん、刀哉も同じ考え。黒煙が消えてそこに何も残っていない事を確認し終えて、漸く私達は緊張を解いた。
「強いのかドジなのか、よく分からなかった」
「う、うん、そうだね。あはは……」
雅と奈々はやや暗い雰囲気だ。ああいう輩は初めてだったから、かなり動揺しちゃったんだと思う。そんな風に言う私だって、実は焦っていた。うーん、違った意味で身の危険を感じると、やっぱり想定する動きと違ってしまう。慣れたくはないけど、どうにかしないとなぁ。
「よし、これでここは安全だな。次のモンスターの襲来に備えて、今のうちに準備を整えておこう! 雅、師匠に使徒を倒したって連絡してくれるか? もし戦闘中だったら通話だと大変だから、メールでね」
刀哉の言葉に、雅はケルヴィンさんから貰ったペンダントを何やらタタタンと押し始めた。うう、どうして指先であんな摩訶不思議な動きができるのかしら……? 雅、パソコンの打ち込みもびっくりするほど速いし……
「了解。変質者という名の第9柱、ここに眠る、と―――」
「誰が眠るのかねぇ?」
―――バァリィーーーン!
周囲を蒼き光と氷で満たしていた、奈々の氷柱、その10柱の全てが突如破壊された。いえ、それよりもこの声は、さっきの!?
「くっ!」
声のした方へ顔を向けると、氷天神殿(フローズンテンプル)の範囲外であった離れた場所で、焼却した筈のおじさんが変わらぬ姿で刀を構えていた。おじさんは死んではいなかったんだ。でも、何であんな離れた場所で抜刀体勢を……?
あ、刀を抜く。私は長年培った経験とおじさんの纏う殺気から、何となくそう感じ取った。しかも、あの攻撃は届く。
「―――刀哉、構えて!」
一応の注意喚起はしておく。だけど、刀哉が私の声に反応するよりも、おじさんが刀を抜く速度は速かった。鞘から刀を抜いて、振り抜き、また鞘に収める。この動作の流れが尋常なスピードじゃない。ケルヴィンさんから貰った涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)の恩恵を得て、紙一重で対抗できるかどうか。
「抜刀・燕」
極一瞬に剥き出しとなった刀剣から、何かが飛来する。これは――― 斬撃だ。それも、恐ろしく鋭く速い。咄嗟に私は刀を抜く。
―――キィン!
「く、うっ!」
鍔迫り音が散る。偶然だったのか、奇跡だったのかは分からない。だけど確かに、私はその斬撃に抜刀した刀を当て、斬り伏せる事ができた。自分でも驚きだけど、特訓の成果は出ているらしい。
「うおっと? おじさんの燕に反応できるなんて、凄いねぇ。抜刀する速度と同じ速さで進む筈なんだけどなぁ」
「ど、どうも……」
……リオンちゃんの飛ぶ斬撃を経験しておいて良かった。そのお蔭で何とか判断が間に合った。奈々の氷天神殿(フローズンテンプル)を破壊したのは、たぶんこれね。って、詰まりは連射可能? それは、うん、ピンチだ。
「奈々と雅は後ろへ! あの人、リオンちゃんみたいに斬撃を飛ばしてくる。斬撃自体はリオンちゃんより軽いけど、速さが普通じゃない!」
一発ずつなら何とか。でも、連射をされたら私も捌き切れない。そうこう考えているうちに、おじさんは次の抜刀体勢になっていた。
「ギュアー!」
それを隙と見たのか、空のムンが息吹(ブレス)を降らす。またおじさんの体が炎に包まれ、炎の衣を纏う事となった。紅蓮の炎による一方的な攻撃。これを逃れる術はもう、いや、それはさっきも同じだったかな。
「うへぇ。死ぬほど暑いけど、おじさんが死ぬほどじゃないねぇ。強いて言えば息苦しい」
「ギュ、ギュア?」
やはり駄目だ、焼けるよりも再生する方が速い。焼け焦げながら、ムンの息吹(ブレス)を無視するように私達を見てる。
「反応できる方がおかしい速さだ。おじさんこんな状況だし、体力ないからこれで終わってくれると助かるなぁ」
「刹那、俺もカバーに入る!」
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