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Black Summoner - Chapter 444




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―――邪神の心臓・聖杯神域(ホーリーチャリス)

ジェラールが放つプレッシャーに押され、ジルドラは一歩、また一歩と思わずたじろいでしまう。ジェラールと互角に渡り合っていたシアンレーヌと同じ最新鋭機が、2機も同時に瞬殺されるとは完全に想定外だったのだ。予備の機体なら、まだ工房内にゴマンとある。しかし、今のジェラールを相手にするには些か力不足、幾ら数を当てようとも勝利できるビジョンが思い浮かばない。これ以上ゴーレムで勝つ手段に出るには、分が悪い賭けだ。

「私の、殺し方だと……? ク、ククク、私の殺し方と言ったのか? これはまた面白い事をほざくではないか。この身はダン・ダルバの息子、ジン・ダルバのものだ。貴様とダンに親交がある事は知っているのだぞ? そのダンの息子の体に、貴様は剣を向けられると言うのか?」

ならばと、ジルドラは即座に戦法を変化させる。何も力だけが世界の全てではない。精神への揺さぶり、自滅への誘導、身を蝕む病――― そういった要素が形勢を逆転させると知っている。慈愛に満ちた者ほど善人には手を出せず、身内に甘い。悠久の時を生きるジルドラは特にそういった手段に長け、利用してきたのだ。

―――ズッ。

「ぬうっ!」

「舐めるなよ。1度騎士として仕えたのならば、国の為に命を捧げる覚悟は疾うにできておる。ダン殿も、ジンもな」

気が付けば、銃剣を持っていた片腕が斬り飛ばされていた。ジェラールに躊躇する様子は一切なく、その兜奥の眼光は赤く輝いている。

「そうか! ならば私も心痛める事なく、これを打てるというものだ!」

斬られた腕に見向きもせず、ジルドラは全力で後退した。その瞬間にさっきまで自分が立っていた場所、現在のジルドラの立ち位置の周囲の床から、手を模したアーム型のゴーレムが4機駆動する。囲い込むようにして現れたそのロボットアーム達には銃口や光のカッターが取り付けられており、その駆動も実に速いものだった。

だが、所詮は時間稼ぎの為の代物、工房内での実験器具の一部である。先のシアンレーヌらに比べれば、その性能は極端に落ちる。ジェラールの魔剣の一振りによって、それらは悉く両断された。

「無駄な足掻きをっ!」

ジェラールはジルドラを追い掛ける。瞬く間に2人の距離は縮まり、あと少しで剣が届くところまで接近していた。ジェラールは魔剣を構え、ジルドラは注射器(・・・)を自らの両断された腕の根元に突き刺す。

「―――っ!」

この世界では見慣れぬ半透明の道具に眉をひそめるも、ジェラールが止まる事はない。ただ、注射器の中身は既に空になっており、怪しげな液体の残りが針先から滴っているのが見えた。

「無駄ではないさ。見るがいい……!」

耳障りに皮膚が弾け、異形が形を成していく。突如、ジルドラの腕の切断面が膨れ上がったのだ。ブクブクと沢山の風船が連なったような醜い形状、それなりに端麗な顔つきをしているジンには不釣り合いなその腕は、今も尚細胞の増殖を続けて大きくなっていた。

脂肪の塊のようにも思える腕が、ジェラールに向かって振るわれる。

「フンッ!」

真っ向から迫る腕を、拳の先から魔剣で両断、両断、両断――― 腕は魔剣の切れ味によっていとも簡単に真っ二つにされるも、次から次へと新たに根元から増殖されていく。気が付けば、最初に斬った拳の先がトンボ返りして戻ってきていた。まるで腕自身に意思があるように、切断された断面を再び再生しながらジェラールに迫るのだ。それさえもジェラールは斬り伏せるが、一向に死滅する気配のない腕に囲まれ続け、このままではキリがない。

「この体に覚悟があって安心したぞ。心置きなく弄ってやろうではないか。そして最後には、貴様の体を貰い受けるとしよう」

ジルドラの永劫回帰が条件を満たすモンスターにも有効なのは、過去に検証済み。人型であり、知能を有するジェラールはジルドラにとって打って付けの肉体だった。後はこの変異した腕の一部がジェラールの頭部に触れれば、能力発動の条件は整う。そうなれば、無理な再生能力を使い命を燃やしているこの体にもう用はない。これまで乗っ取ってきた肉体の中でも、ジェラールのそれは最上級に値するものだ。残るは瀕死のエルフとスライムだけで、残存戦力での鎮圧は他愛もなく終わる。最高の肉体を手に入れ、更には呪いから解き放たれたエルフ、優秀な遺伝子を会得。やるべき事を増えるばかりなのだ。最新鋭のゴーレムが破壊されようと、補って余りある利になるだろう。ジルドラはジンの顔を歪ませ、心から笑っていた。

「さあ、終わりにしようかっ!」

再生速度を最大にした腕の増殖、最早工房一帯は腕だらけになっている。ジルドラの命令が下され、一斉にそれら肉塊がジェラールへと集結。上下左右前後、360度全てに幾重にも折り重なった腕が押し寄せた。ジンの生命力の全てを搾り尽し、この攻撃で終わらせる気だ。

「これが、この程度が貴様の最後か、ジルドラよ。些か拍子抜けじゃわい」

ジェラールの盾、大戦艦黒鏡盾(ドレッドノートリグレス)が変形し、醜い腕を映しだす鏡が顔を出した。選択するは、物理攻撃を全て反射させる防御術。固有スキル『自己超越』によって強化されたその能力は、盾だけではなくジェラールの全身にまで効果を及ぼす。奇しくもこの力は、元々はジルドラが作り出したゴーレム、タイラントミラに備わっていた能力であった。

―――グンッ!

ジェラールを締め付けたと思われた瞬間に、工房全域に弾け飛んだ異形の腕。ある腕は壁に衝突して肉塊となり、ある腕はエフィルの炎に焼かれて消滅。まあ、どこに行くにせよ悉くが死に絶えた。

「なっ、ぐうっ!?」

「その腕、貰うぞ」

幽霊の如くジルドラの視界から消え去ったジェラールが、ジルドラの背後に現れ魔剣を右肩に突き刺した。変異していた腕を斬り離し、魔剣ダーインスレイヴの能力で力を吸い取る。薬物による力も、魔力も、何もかも。

「ぐ、が、はぁっ……! ば、か、めがっ!」

突き刺された魔剣を抜かれぬよう、僅かに体に残った薬の力で筋肉を増強、剣を固定。ジルドラが付き出すは、残っていた片腕であった。武を志した者の片鱗なのか、その拳は達人のそれに匹敵する速さだ。直ぐそこにあるジェラールの兜へと拳は向かい、心の内で「取った」と叫びをあげる。

しかし、その拳はジェラールの兜をすり抜け、空を切る。ジルドラは開いた口が塞がらなかった。ジェラールはそこにいる。いる筈なのだ。しかし、その手が兜に触れる事は最後までなかった。

「な、なぜぇ……!」

「哀れじゃな」

ジェラールら、ケルヴィンの仲間達はジルドラの能力をアンジェやベルから知らされている。ならば、前もって対策を打つのは当然の事だろう。ましてや、ジェラールにとっては家族の、国の仇である憎っくき相手だ。この時の為、入念に準備を整えてきたのだ。

新たに得たスキル『幽体化』。『実体化』の真逆であるこのスキルは、元より実体化している全身鎧を非物質にする能力だ。神聖な魔法などの影響は多大に受けてしまうこの状態であるが、物理的な影響は全く受け付けないのだ。ジルドラの達人程度の突きであれば、ジェラールはオンオフを自在に調整して回避できる。言ってしまえば、先の全方向攻撃もこれを使えば躱せていた。

「そこまでワシの兜が欲しいのなら、ほれ、くれてやろう。今なら貴様がばら撒いた毒も、兜の中に充満しておる。共に返してやろう。何、遠慮するでない。間違えて装備扱いをして、ワシの力で少しばかり強力になっておるくらいじゃ。貴様だけ特効薬を服用しておろうと、効果はあるじゃろうて」

「な、止め―――!」

ジェラールは自らの頭、兜を持ち上げ、ジルドラへと無理矢理被せた。ジルドラは頭を左手で掻き毟る。だが、その手が兜に触れる事はなく、アルカールを壊滅させた毒だけが体内へと入っていった。



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